「板挟み」を、みんなで考え合う入り口に

<安藤亘の1分間カウンセリング 8年10月>
Q.障害者支援施設で働いて10年目、ユニットのリーダーをしています。先日、日中活動に行きたがらない利用者さんのことで、若手職員は「今日は本人の気持ちを大切にしたい」、上司は「生活リズムは崩したくない」と、それぞれ私に言いました。どちらの思いも間違っていないとわかるだけに、何も言えず、結局その日は私が付き添って過ごしました。帰り道、「私は誰の味方なんだろう」と、ふと涙が出ました。板挟みの中で、リーダーとして何ができるでしょうか。
(N美:35歳)
A. N美さん、帰り道にこぼれた涙には、言葉にできなかった思いが詰まっていたのですね。若手職員も、上司も、利用者さんも、誰も置き去りにしたくなかったのでしょう。
「私は誰の味方なんだろう」。そう問いかけたN美さんは、誰か一人の味方になることで、ほかの誰かを傷つけたくなかったのでは。
板挟みとは、両方の思いが見えている人だけが立つ場所。どちらかが見えていなければ、迷うことはありません。N美さんの言葉からは、人を大切にしてきた10年が伝わってきます。
けれど、みんなの思いを大切にすることと、そのすべてを一人で引き受けることは、別のことです。
孔子の『論語』子路篇に「和して同ぜず」という言葉があります。“互いを尊重しながらも、無理に同じ意見になろうとはしない”という意味です。
N美さんの職場でも、意見をそろえる前に、それぞれが何を大切にしているのか、聴き合うところから始めてみませんか。
リーダーの役割は、いつも正解を示すことではなく、それぞれの思いを持ち寄れる場をつくることだと思います。
たとえば、日中活動に行かず、窓辺の日なたで過ごしている男性がいます。若手職員は「そっとしておいてあげたい」、上司は「リズムが崩れてしまう」と言います。「どちらが正しいか」だけを問うと、話し合いは行き詰まりがちで、誰かが負けた気持ちになってしまいます。
そこで、「あの方は、今、何を感じているのかな」と、問いを変えてみます。「日なたにいるときは、表情がやわらかい」「にぎやかな部屋は、少し苦手かもしれない」。若手職員の気づきに、上司も「それは大事な情報だね」と耳を傾ける。そこから、「静かな場所で、短い時間ならどうだろう」という案が生まれるかもしれません。
話し合いの入り口は、意見の賛否ではなく、判断のもとになった「様子」を聴くことです。若手職員には「どんな様子から、休みたいと感じたの?」、上司には「生活リズムの、どの点が気になっていますか」。事実が並ぶと、異なる意見は、その方を理解する手がかりに変わります。
そのうえで、「参加するか、休むか」の二択から離れ、工夫を一緒に考えてみましょう。
・活動の内容や場所を、本人が選べるようにする
・短い時間から始め、途中で休めると伝える
・休んだ日も、その日の過ごし方を本人と相談する
試したあとは、「参加できたか」だけでなく、安心して選べたか、無理なく過ごせたかを振り返ってください。意見がまとまったかより、本人がどう過ごせたかが大切です。
「相談を受けること」と「仕事を引き取ること」も、別のことです。「今回は一緒に考えよう。次は、あなたが担当してみない?」と手渡せば、若手職員が育つ機会にもなります。
N美さんが付き添って過ごしたあの一日も、答えが出なかったからといって、無駄にはなりません。「そばにいたとき、どんな様子だったか」。そこで気づいたことを仲間に伝えることで、次の支援につながります。
「私は誰の味方なんだろう」。その問いの答えを、一人で出さなくても大丈夫です。「この方のために、みんなで何を確かめようか」と、仲間に問いを手渡してみてください。
あの日、利用者さんの隣に座ったN美さん。そのN美さんの隣にも、一緒に考える人がいてよいのです。
心から応援しています。





